会津(あいづ)・桑名(くわな)両藩を始めとする旧幕府軍は、前将軍の徳川慶喜(よしのぶ)を新政府から完全に排除するとの決定に憤激して京都へ進撃、明治元年1月3日(1868年1月27日)、京都南方の伏見・鳥羽の地で新政府軍と衝突した。戊辰戦争の勃発である。朝廷から錦旗を下賜され、官軍となった新政府軍を前に、旧幕府軍への協力を取り止める藩も出て、旧幕府軍は総崩れとなり、慶喜は朝敵として追討を受ける立場となった。
※慶応4年(1868)1月~8月は、8月に天皇が即位され9月より明治と改元。以下1月まで遡り明治元年と改められたため、この年の1月~8月は、明治元年と慶応4年を併記。