菅 楯彦: 18. 皇后冊立ご成婚 · 明治元年12月28日(1869年2月9日) · 玄暉門(京都御所内)

皇后冊立
解説

明治元年12月8日(1869年1月20日)、明治天皇は東京を出発して東海道を進み、22日京都に戻られた。京都還幸には二つの目的があった。一つは、慶応2年12月に崩御した孝明天皇三年祭を斎行するためであり、いま一つは、一條美子(はるこ)姫(のちの昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう))を皇后として迎えられるためである。12月25日(1869年2月6日)孝明天皇三年祭ののち、天皇は後月輪東山陵(のちのつきのわひがしのみささぎ)に参拝された。そして、三日後の28日(同2月9日)、美子姫は皇后となられたのである。皇后は多事多難な明治時代を通じ、国母として重大な責任を果たされた。