五箇條の御誓文が布告されてから一週間後、明治元年3月21日(1868年4月13日)、明治天皇は大阪に行幸された。大阪行幸を推進したのは、薩摩藩の大久保利通(としみち)で、その背景には親征の姿勢を示すと共に、国中を巡って万民を愛撫することが君主の務めとする諸外国の例をわが国も参考にすべき、との考えがあった。行幸は50日近くに及び、天皇は海軍艦船を陸上からご親閲になり、大阪城では諸藩兵の操練をご覧になった。