維新政府は、明治2年(1869)版籍奉還を実施したが、旧藩主は知藩事として旧藩地の実質統治を続けた。開明派の木戸孝允らは、産業・軍事両面で西欧諸国に対抗する国家建設のため、国家の中央集権化を図り、藩を廃止し、全国を中央政府の役人により統治される府と県に再編成するという廃藩置県を極秘裏に立案し、明治4年7月14日(1871年8月29日)一挙に断行した。当日、皇居に在京の知藩事が召集され、「廃藩置県の詔」が下された。