明治新政府が抱えていた最大の外交課題は、幕末に締結された不平等条約の改正であった。改正の端緒をつかみ、あわせて米欧先進諸国の制度や文物を視察するため、明治4年11月12日(1871年12月23日)約100名の大規模使節団が派遣されることになった。条約改正の進展はなかったが、政府要人による視察はわが国の近代化に大きく寄与した。諸国を歴訪して見聞を広めた一行は、条約改正の前提として内治の整備が急務であることを痛感し、明治6年9月に帰国した。視察期間は1年9ヶ月に及んだ。