慶応2年末の孝明天皇の崩御後、明治天皇は英照皇太后(えいしょうこうたいごう)(孝明天皇の后)に孝養を尽くされた。皇太后が能楽をお好みであることから、お住まいの青山御所に能舞台を設けさせ、明治11年(1878)7月5日、舞台開きの日を迎えた。舞台では、金剛・観世・宝生・梅若の各宗家による能や狂言が演じられ、天皇と皇太后は熱心にご覧になった。皇后は病気でご欠席であった。能楽は、皇室の保護を受けて再興のきっかけをつかむことになる。能の演目「翁」は、祝福をもたらす神とされ、国土安穏を祈祷する舞である。