明治28年(1895)3月17日、戦傷病者ご慰問のため、皇后は広島に向かわれた。22日広島陸軍予備病院本院を始めとして、同病院第一分院・同第三分院・同第二分院へ、さらに呉鎮守府病院をご慰問になった。九州方面の陸海軍病院へは彰仁親王妃頼子を差し遣わされた。また、宮中の一室に包帯製作所を設けて女官たちと製作に励み、負傷者には敵味方を問わず義手・義足を下賜された。