
石川寅治: 63. 台湾鎮定 · 明治28年6月11日(1895年) · 台北城北門 (台湾)

解説
明治28年(1895)5月29日、北白川宮能久(きたしらかわのみやよしひさ)親王が率いる日本軍が台湾北部に上陸し、独立宣言直後の台湾民主国と交戦、民主国総統は清国に逃れ、6月14日に台北は無血開城した。台北に台湾統治のため台湾総督府が設置されると、日本軍は南下を本格化させたが、制圧には時間を要した。9月、武力抵抗を受けながらも台湾南部の嘉義を陥落させたものの、10月下旬に親王はマラリア熱を発症し、ほどなく逝去した。11月、初代台湾総督の樺山資紀は全土の平定を大本営に報告し、作戦は終結した。大正8年(1919)に建設された台湾総督府の庁舎は、現在も中華民国総督府として使用され、重要文化財に指定されている。