明治38年(1905)の日露講和条約の締結により、日本は韓国の保護国化を加速させた。11月、第2次日韓協約を締結して統監府を設置、初代統監には伊藤博文が就任した。伊藤は、韓国が近代的な独立国家となることを目ざしたが、反日運動が起き、明治42年(1902)旧満州ハルピン駅頭で安重根により暗殺された。日本国内では韓国併合の気運が高まり、翌年、日本と韓国との間に韓国併合に関する条約が締結された。以後、統監府に代わり朝鮮総督府が設置されて政務を行った。初代総督は陸軍大将の寺内正毅。