日清戦争後、日本はロシアが主導したロシア・ドイツ・フランスによる三国干渉を受け、極東情勢は益々複雑になった。明治35年(1902)1月30日、ロンドンにおいて、日本はイギリスと軍事同盟である日英同盟協約を締結した。この条約の締結をめぐり、伊藤博文は極東で勢力を増大するロシアと協調すべきとして日露協商を訴えたが、最終的に明治天皇は日英同盟の締結をご裁可になった。イギリスは、アジア各地で進むロシアの南下政策や中国の義和団事変など民族運動に危機感を抱き、日清戦争に勝利した日本の軍事力を認め、日本との提携に踏み切った。