白滝幾之助: 72. ポーツマス講和談判ポーツマス講和会議 · 明治38年8月10日~9月5日(1905年) · ポーツマス海軍工廠(アメリカ)

ポーツマス講和談判
解説

ロシア側は和平交渉を拒否していたが、アメリカの仲裁によりポーツマスで行われた日露間の調停は、明治38年(1905)9月5日、日露講和条約の調印となり戦争は終結した。条約では、韓国における日本の優越権を認め、旅順・大連などの租借地や南樺太を日本に割譲することなどが定められた。大きな負担を強いられてきた国民は、賠償金の無い条約内容を不満として、調印の日に講和反対の国民大会が開かれ、日比谷焼打事件へと拡がった。11月、天皇は伊勢の神宮に参拝し、戦いに勝って平和を取り戻したことを奉告された。日本が独立を確保したことは、大国の支配に苦しむ国々にとって大きな自信となった。