東京慈恵医院行啓東京慈恵医院行啓

49. 東京慈恵医院行啓

皇后慈恵医院の患者をご慰問

満谷国四郎

明治20年5月9日(1887年)

東京慈恵医院(東京)

奉納者

東京慈恵会

49. 東京慈恵医院行啓

満谷国四郎

49. 東京慈恵医院行啓

皇后慈恵医院の患者をご慰問

満谷国四郎

明治20年5月9日(1887年)
東京慈恵医院(東京)
奉納者
東京慈恵会

解説

貧しい人々に医療を施す施設として、海軍軍医の戸塚文海と高木兼寛が設立した有志共立東京病院は、明治20年(1987)総裁であられた皇后の思し召しで東京慈恵医院となった。病院の維持資金は、皇室の賜金と婦人慈善会員の寄付金などである。5月9日の開院式には皇后のご臨席を賜り、以後、恒例となった。皇后は、国民が病苦の心配から逃れ、長命を保つことを念じられた奈良時代の光明(こうみょう)皇后や女性の孝謙(こうけん)天皇のご遺志を継ぐことを念願する、との令旨を下されている。このような慈善福祉の精神は、今日も皇室に受け継がれている。

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